タイミング ~仲直りは難しい~ mei様

ある雨の日の午後。
ブルマが仕事の途中で忘れ物を取りに自宅に寄ろうとした。
赤い傘を差して玄関へと向かおうとしたその時、その場所で白い傘を差した女性が一瞬つま先立ちをし、再び地面にヒールをつけると楽しそうに去っていくのを目撃した。
そして―――玄関に残されていたのは、まぎれもなくベジータであった。
唇のあたりを袖で拭って何事もなかったかのように入っていくその姿を見て、ブルマは唖然とし、怒りがこみ上げて・・・
そのまま踵を返すと、涙を堪えて再び会社へと戻っていった。

 その日の夜、ブルマは日付を越えても帰ってこなかったが、ベジータはいつまで経ってもベッドに入らなかった。
夕方前よりブルマの様子に異変があることに気づいたため、それを問いただそうとして起きて帰りを待っていたのだった。
そして午前2時を過ぎた頃、ブルマが人目を避けるようにして裏口から帰宅した。
 やっぱり、オレに何か隠し事をしているに違いない・・・・・・
ベジータはブルマを廊下で見つけると、有無を言わさず腕を掴んで重力室へと連れ込んだ。
「ちょっと、何すんのよ!」
重力室の中の音は外にはほとんど聞こえない。ブルマは精一杯の抵抗をしながら大声で叫んだ。
「何で裏からこっそり帰ってきやがった?」
「べっ、別に意味はないわよ」
「言えない訳でもあるんだろうな?」
「・・・・・・そうよ、あんな穢れた玄関から出入りしたくないもの!」
「・・・どういうことだ?」
「どうもこうも―――だってアンタ昼間どっかの女の人と玄関でキスしてたでしょ?
アンタは絶対浮気しないって信じてたのに・・・・・・」
ブルマの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「キス、だと?」
「そうよ、白い傘を差した人、見たんだから!」
「バカな、オレがそんなことをするはずが・・・・・・」
「じゃあ何してたって言うのよ?女の人がつま先立ちして他に何するっていうの?からかうのもいい加減にしてよ!」
「・・・訳がわからん」
ブルマの腕を掴んでいたベジータの力がふと緩くなった瞬間、ブルマはその手を振り解いて泣きながら重力室から走り去っていった。
ベジータは重たい重力室のドアがゆっくりと閉まっていくのを、ただ突っ立って見ていた。
「昼間は・・・・・・くそっ、ありえん勘違いをしやがって―――」
別にいかがわしいことはない、キスも勿論していない。
冷静になればくだらない勘違いだとわかることなのに、自分が余計にややこしくしてしまったから始末が悪い。
ベジータは、ふうっ、と大きなため息をつくと重力室を後にした。

 自宅を飛び出したブルマは、再び会社へと向かっていた。
仕事でもしていれば、少なくとも集中している間はベジータのことを忘れられるはず。
そう思って自分専用の仕事部屋に戻ったものの、やっぱり何も手につかない。
窓際の壁にもたれてしばらくの間うつむいていた。
「・・・・・・ベジータ?」
ふっとベジータの存在を外から感じる。
振り返って大きな窓のブラインドを上げ、ガラスの最上部を凝視する―――そこには珍しくベジータの掌の跡がしっかりと残っていた。
「ねぇ、ベジータ、どこにいるの?」
すがるような思いで窓に顔を寄せ、あたりを見回す。
しかし、いくらその姿を探しても、見えるのはいつもと変わらぬ夜景だけ。
ブルマは肩を落とし、書類が山積みになっているデスクに向かった。
 程なくして、隣室から秘書がやってきた。
「あら、戻ってらっしゃったんですね?」
「う、うん・・・明日ちょっとお休みにしようと思って」
「それならこちらの書類もお願いしますね。午後からずっとお仕事がはかどっていらっしゃらないようですが、大丈夫ですか?」
「えっ・・・ええ、大丈夫よ」
「それならいいんですが。
あら、ブラインド閉めるの忘れてたかしら?物騒な世の中ですからしっかり閉めておかないと」
そう言うと、秘書は何のためらいもなく一気にブラインドを下ろしてしまった。
「あっ・・・・・・」
ブルマは一瞬立ち上がったものの、秘書の怪訝そうな表情に、何でもないの、と言って再び椅子に座った。
 一方窓の外では―――
ベジータがブルマを追いかけて会社まで行き、ブルマの部屋の窓の上にある開閉部分からいつものように入ろうとガラスに一度手をかけたが、隣室の他の人間の気を感じて侵入できずにいた。
ブルマの存在を壁越しに感じながら、腕を組んで空中に浮いたまま中の様子を伺っていた。
こんな壁など一撃で壊せるのに・・・・・・何もできないもどかしさを抱きながら、室内の様子を感知してどうにもならないことを察すると、ポケットからハンカチを取り出して窓を拭いてから飛び去っていった。
 そして、問題の秘書はベジータが姿を消してからすぐ、お先に失礼します、と言って部屋を出て行ってしまった。
「帰っちゃったわよね・・・・・・もう」
ブルマは秘書が部屋から出てすぐにブラインドを上げてみたものの、窓ガラスは曇り一つないきれいな状態。
いつもはきちんと手袋をして指紋などを残さないようにするベジータの珍しいミスの痕跡さえ、もう跡形もなく消されてしまっていた。
「せっかくのチャンスだったのにな・・・・・・」
ブルマは、窓の外の無数の星が消えて東から大きな朝日が昇るのを、ただずっと眺めていた。

 その日の午後。
やっとのことで仕事を終えて自宅へと戻ったブルマは、眠気を覚ましにコーヒーを、と思ってとりあえずダイニングへと向かった。
そこで、ベジータがリビングのソファーに座っていることに気がついた。
その瞳を閉じて何かを考えているような素振りに多少動揺しながらも、それでもこのタイミングを逃すわけにはいかないわ、と思いながら冷蔵庫のドアを開けた。
ベジータもブルマがすぐそばに来ていることに気がつき、ブルマの座る場所を空けてそのときが来るのを待っていた。
しかし。
「ただいま~あっ、パパ!ねぇ、”しゅぎょう”の相手してよ~!!」
幼稚園から帰ってきたトランクスが、真っ先にベジータの横の予約席であるはずの場所を埋めてしまった。
「あっ?!し、しかし・・・・・・」
すっとブルマの気がダイニングから消えていくのを感じて、仕方なくトランクスのほうを向いてあぁ、と頷いた。
「何の”しゅぎょう”をしようかなぁ~
あ、そうそう、今日おばあちゃんの白い傘壊しちゃったんだ・・・普通に使ったはずなんだけど、どうも力の加減がわかんないんだよ~そうだ、おなかすいたから遊ぶ前におやつ食べなくちゃ。
ママ、おやつちょうだい―――あれ?さっきまでいたのに、まぁいいや。おばあちゃんに出してもらおうっと」
そう言うと、さっさとリビングから走り去っていってしまった。
 ベジータは急いでソファーから立ち上がり、ダイニングへと向かった。
そして空のコーヒーカップが2つと、ケーキを載せたお皿が2つ用意されているのを見つけた。
片方のケーキは慌てて置かれたのだろう、ベジータがお皿に触れるとバランスを崩して目の前で倒れた。
きっと―――トランクスの突然の行動できっかけを失い、やり場のない何かを抱えてどこかに行ったに違いない。
 ・・・・・・
瞳を閉じて、ブルマの気を読む。
ラボに向かい、そこからある場所へと向かったようだ。
ベジータはとりあえずラボへと向かい、ドアの周辺に光るものが落ちているのを発見した。
近づいてそのものを拾い上げてみると、それは重力室で多く使用されている銀色のナットだった。
もしや、と思ってラボの先の角を曲がり、そこから続く廊下を眺める。
「・・・・・・こんなことしやがって」
ベジータはふっと笑うと、重力室までの道中、ところどころでブルマの落し物を拾いながら歩みを進めていった。

 ベジータが重力室のドアを開けたとき、ブルマは故障箇所の修理を始めるところだった。
「ブルマ」
 聞こえないのか、聞こえないフリをしているのか―――
「おい、ブルマ!」
背後から、大声で叫んだ。
「何?今忙しいんだから、用がないなら出てってよ!」
ブルマは振り向きもせず袖で顔を拭うと、作業に取り掛かった。
ベジータはポケットの中から様々な形の部品を取り出すと、無造作に放り投げた。
「忘れ物だ」
えっ、と立ち上がって振り返ったブルマの足元がふらつく。
とっさにベジータが支えにはいると、ぎゅっとその胸に抱きとめた。
一瞬、二人の周りが静寂に包まれる。
これはチャンスか、それとも再び訪れた危機なのか―――言いようのない複雑な感情が、お互いの胸に去来する。
しかし、すぐそばで相手の鼓動を感じているうちに、不思議と高ぶっていた感情が落ち着いてゆく。
そして、お互いの表情が次第に穏やかに変化していくのを、瞳で確認する。
「・・・・・・来てほしかったんだろ?」
床に散らばって照明で銀色に光る部品に視線を向けながら、ベジータが言った。
「急いでたから・・・落としたの気づかなくって」
「ふん、怪しいな」
「何よ~アンタに気づいてもらえるようにわざわざばら撒いてきた訳じゃな―――」
「・・・・・・もういい」
ベジータがいつものように唇でブルマの言葉を遮った後、そっと呟いた。
「―――母さんが白い傘持ってるの、すっかり忘れてたの」
「顔にケチャップがついてるから、とハンカチで拭きやがったんだ。爪先立ちしたのは単に届かなかっただけだろう」
「そっか・・・良かった」
「オマエが勘違いするからこんなことになるんだ」
「何よ、今更・・・・・・ベジータだって勘違いしたんじゃない!もう―――知らないんだからっ」
頬を膨らませてベジータから離れようとするも、やっと腕の中に閉じ込めることができたブルマをベジータがそう簡単に離すわけがない。
「・・・・・・いつもそうやってごまかすんだから」
「ごまかしだと?オレは本気だ」
そして―――
ベジータは再びゆっくりと顔を寄せ、ブルマはその言葉を信じて瞳を閉じた。


mei様のサイトの9999を踏んでリクをお願いしました♪
私のリクエストは「ベジブルの夫婦喧嘩」!
お互い仲直りしたいのになかなかできない二人が見たかったのですv
ベジが「こんな壁壊せるのに」ともどかしく思うベジがすごく切なくて素敵です。
しかも最後!これで終わりだなんてそんな〜。続きが気になります(笑)
ベジブルの仲直り=ぎゅってしてチュウ(meiさん談・笑)というのは
私も激しく同意であります!こうでなくっちゃv
meiさん、素敵な作品をありがとうございました!
2009/02/11

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