「想いのように雨は降り」ひまママ様

無機質な、病院の廊下にわたしたちはいた。


誰一人、口を開く者はいなかった。
皆、悪い夢を見ているような気持ちだったに違いない。


病室のドアが開き、まだ幼い少年はしっかりとした口調でわたしたちに告げた。

「皆さん、ありがとうございます。 どうか最後に、おとうさんに会ってあげてください。」

戦い以外の時は、いつも笑顔でいたようなわたしの友達は、
二度とその目を開けることなく寝台に横たわっていた。


その胸にとりすがって慟哭する彼の妻を、
声を殺して泣く彼の息子を、
見守ることしかできない仲間たちを、わたしは見つめていた。
 
頭の中が妙に冷静だった。


空も、泣いているみたい。

雨の音が聞こえたわたしは、窓の外に目をやった。
そして気付いた。
大きな木の枝に立ち、窓越しにこちらを見ていたベジータに。


視線が合った数秒のち、彼は雨の中を飛び去った。



C.C.に一旦戻ったわたしは、ベジータの部屋で彼を待った。

深夜になって窓から戻った彼は、降りしきる雨に打たれてずぶぬれだった。

タオルを広げて、水気をふき取ってやる。
ベジータは無言で、されるままになっていた。


いくら、頑丈なサイヤ人でも・・・。
言ってしまってから気付く。
彼のほおを濡らしているのは、雨だけではないことに。


わたしはそのほおを両手で包み、唇を重ねていた。

肩の辺りで留っていたタオルがばさりと床に落ち、わたしはベッドの上に投げ出された。

抵抗はしなかった。
こんなのはいや、と抗議もしなかった。

わたしはただ、この男の冷え切った体を温めたかった。


翌朝べジータは、また窓から出て行った。

毛布をかけなおしてくれた気配で目を覚ましたわたしを、一人残して。



その日の夕方、宇宙一の強さを持った無欲な戦士は
妻子と仲間に見送られ、煙になって空へ帰っていった。

空はまだ泣き続けていた。



あれから数ヶ月がたった、よく晴れた日。

わたしは、お墓の前に佇む少年に声をかけた。

「悟飯くん。」
「ブルマさん、来てくれたんですか。」  道着を着ている。

「おうちに寄ってから来たのよ。 チチさん、ずいぶん顔色がよくなったわね。」
「はい。ようやく起きられるようになったので、ぼくも手伝いと勉強の合間に、
 また修行を始めてるんです。」


ほんとうにしっかりした子。

持ってきた花束をお墓に供えてわたしは言った。
「悟飯くんにだけ話すわね。 わたしね、赤ちゃんができたの。」

「え? 結婚したんですか?」
それには答えず、わたしは続ける。

「男の子だったら、悟飯くんが師匠になってやってくれる? うんと鍛えてやって。」

「ぼくが・・ 師匠に・・・。」

まだ目立たないおなかを見つめて、少年は笑顔を見せた。

そう。もうじきわたしは子供を生むの。
チビで身軽で、信じられない強さを秘めた、なんにも知らない男の子を。
もしかしたら尻尾も生えてる・・・。


「ブルマさん?」

澄み切った空の下、わたしの瞳だけは雨で濡れていた。


ひまママ様から奪い取ってきましたベジブルSSです。
私の描いた365のお題「284・想いのように雨は降り」からヒントを得て書いて下さったそうです。嬉しい!
未来編は切ないですね。でもひまママさんの書かれたこのお話は切ないながらも優しい雰囲気で、素敵です。
掲載許可を下さったひまママ様、ありがとうございました!これからも応援しています。
2008/08/16

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